横田滋さん(以下:滋)
横田早紀江さん(以下:早紀江)
◆ めぐみさんの失踪直後、すぐに北朝鮮の仕業だと思いましたか?
滋: それは全く思いませんでした。しかし、どんなことにでも、めぐみは関わり合いがあると思い"めぐみ"という字を見ると、やっぱり注意しますね。例えば、「金賢姫(キム・ヒョンヒ)」さんに日本語を教えた「李恩恵(リ・ウネ)」って言う人が話題になった時、漢字の中に「恵(めぐみ)」の字を見たときに、「うちのめぐみじゃないか」って思いました。そして、すぐに新潟の県警を通じて警察庁に問い合わせて貰いましたよ。勿論、すぐに「李恩恵(リ・ウネ)」とは別人だっていうことが解かりましたが・・。どんな些細なことでも「もしかしたら」と思って、それを手がかりにめぐみの行方を探し続けてきましたが、わたしたちは北朝鮮だとは特に意識しませんでしたね。国内の事件に対しても、同様の注意を払い続けて、なにかひっかることがあると、すぐに調べてきました。だから、北朝鮮にいると思って調べていたのではないんですよ。
早紀江: そうですね、今まで、北朝鮮の仕業だというのは、ただの噂にすぎないところがありました。私たち家族が新潟にいたときに、「行方不明者は北朝鮮の仕業かも」という噂はチラチラと巷で聞いた記憶がありますね。かつて、産経新聞に3組の人行方不明者が、「アベック失踪事件」として載りましたが、あの時に「あぁ、これはこういう事(拉致)かも知れない」と思いました。だからすぐに産経新聞と新潟の警察に「めぐみもこのケースと同様に拉致じゃありませんか?」って聞きに行ったこともありました。そのあたりから、うすうすと北朝鮮の仕業かも・・とわたしは思い始めましたね。
◆ 北朝鮮という『国家』が犯した拉致という犯罪についてどう思われますか?
滋: それはもう日本の国から連れて行ったわけですから、日本の主権を侵害していることにほかならない。ですから日本としても色々な対策をして、もっともっと早い段階から北朝鮮を追求するべきでした。だって、憲法や、世界人権宣言とか、様々な形で保障されている人権が侵されているわけですから。拉致問題を追及するためには色々な方法があると思いますよ。国連に訴えるというのもひとつの手だと思います。誘拐事件そのものは、世界中で起っていますが、北朝鮮の拉致のような国家が行なった"誘拐"は例がないと言われています。だから日本政府はもっともっと強硬に北朝鮮に対して交渉すべきだとわたしは思います。
早紀江: 子どもたちが連れて行かれたといわれる、昭和52年・53年あたりは、日本が北朝鮮の情報の無線を傍受していたという噂を聞いたことがあります。だから、拉致にまつわる情報を手に入れた早期段階で、日本政府は海岸線の警備を厳しくしたり、もっと自国民を守る態勢に入り、国民に対して注意の喚起をもっとちゃんとすべきだったと思います。そして昨年、金正日ははっきりと拉致の事実を認めて、拉致被害者達も帰って来ている。このような状況にあっても、依然として不審船なども入ってきたりしているのがはっきりしている・・。万景峰号みたいに、政治的、経済的な人脈、利権などに繋がるような人達が来たり・・。真相が解かっていても「ピタッ」と止めることが出来ない。"なんですべてを後手後手にしているのだ"という思いは、家族だけでなく国民の方々も言っています。その辺が非常に生ぬるい、そして対策が遅いという感じをね、私はいつも思うんです。
◆ 9月17日から1年経ちましたが、何が大きく変わりましたか?
滋: "北朝鮮による拉致の疑いが濃厚"と昔から日本政府は公式に認めてはいる。でも、なぜその"疑い"が公式に認定された理由、いきさつが我々にとっては全然分からない。私にも、ほんのわずかですけど、「そんな子供を連れて行くのかな?」って言うような懸念はありました。でも北朝鮮が認めた。それだけではまだ疑問は残っていたかもしれませんが、「キム・ヘギョン(めぐみさんの娘)さん」が現れ、めぐみの子供であるってことが断定された。これでやっぱり"拉致"ということに確信が持てるようになりました。当事者である私もそうなのだから、国民の皆さんが抱く"拉致の信憑性"についての疑いは、大きかったと思います。署名活動をしていて、「ほんとかな?」って疑っている方もかなりいましたしね。北朝鮮が拉致を認めたことで、"拉致ってホントにあるの?"という疑いをもたれる人が完全にいなくなり、"早く拉致被害者を取り戻さなきゃならない"という世論、意識が高まってきたってことが一番良かったと思います。
早紀江: 主人の話とかぶりますが、「拉致してしまうなんてことが、世の中にあるのかな?」。そういう大多数の心にあった、"ありえないけど、事実かもしれない"という疑問が、北朝鮮が認めたことにより現実だったことが明らかになった。同時に北朝鮮という国が、世界的にみても大きな問題があるということを意識するようになった。そして日本政府、外務省の今までの"はっきりしない""後手後手になる"という対応について気がいた。こんなふうにたくさんの国民の方が目覚めてくださった。そして、拉致問題について、多角的に意味を考え、活動を見つめてくださるようになったってことが、ずっと闘ってきた私達にとっては、ものすごく良かったことですね。
◆ 一番嬉しかった事はなんですか?
滋: めぐみが北朝鮮によって拉致されたとわかってからですが、やはり拉致被害者の5人の日本への帰国が実現したこと。これが一番嬉しかったことだと思います。
早紀江: やはり一緒に日本への帰国を求めていた方々が、タラップから降りた時は、「本当に良かった」って・・。生きて帰ってきてくださったって喜びの思いでいっぱいでした。これが一番やっぱり嬉しいことですが、まだ北朝鮮に残っているほかの被害者、家族に対し、日本政府が働きかけて、帰国を実現していくんじゃないか・・と思っていたのですが・・。その辺が非常に残念です。でも、国民の方々が、今の日本という国のあり方とか、政治に対しての思いなどを、拉致問題を通して非常に真剣に考えてくださるようになったことを実感しています。それは非常に良かったと思っています。
◆ ところで、何故アメリカが信頼できるのですか?
滋:信頼できる理由は、我々の話を聞いて下さった場合に、対応に具体性があるからです。たとえば「自分たちに何がして欲しいのか?」「わたしだったらこういうことが出来る」と。やはりこの拉致問題を解決するには、国際世論の高まりっていうことが不可欠かつ、非常に大きなことです。でも最終的には日本が自力で解決する問題。やはり最後には日本の姿勢にかかってくるんだと思います。
早紀江: アメリカは正義に対しての観念がしっかりしているように感じます。国民全体がそうなるように育てられているんでしょうね。皆が"自分の考え"や"正義"をしっかりとここ(胸に手を当てる)に持っていらっしゃる。だから本当の悪に対して、心からの怒りを持っています。この"真剣な考え方"はもの凄く今の日本の状況とは違うって言うことは感じました。もっと昔の日本では、現在のアメリカと同しだったはずなのに、どうしてこんなになっちゃったのかな、っていう思いがありますねぇ。
◆ なぜ、拉致問題の解決に時間がかかるのだと思いますか?
滋: 一番の原因はやっぱり北朝鮮側の誠意の無さです。"すでに解決したことだ"というような認識。それが根本的に違っています。日本側も、最近はかなり原則にのっとって「今、帰国している5人が北朝鮮に残してきた、8人の家族の帰国がなければ、日朝国交正常化交渉には入らない」ということを強く主張するようになっています。でも、それに対して北朝鮮が応じてこなければ、「経済的な制裁を加えるぞ」ということをチラつかせることも必要だと思います。
早紀江: そうですね、やはり北朝鮮のトップの指導者の方の考え方が大きく作用していると思います。それに加えて、今まで北朝鮮に対して、非常に消極的だった日本の姿勢がまだ尾を引いている部分がありますね。なぜ消極的だったのかということは私達には分かりませんけど・・。政治家の中にも、北朝鮮に遠慮している方たちが、結構たくさんいらっしゃるんじゃないかって何となく感じることも・・。どうしてそう消極的なのかっていうのは分かりませんね。
◆ 拉致問題の解決にとって一番の鍵になるのは何だと考えていますか?
滋: 交渉するのは政府であって、個人のレベルではどうすることもできません。政府がこの前の専門家会議で決めた原則を遵守し交渉すれば、必ず解決すると思っています。
早紀江: 日本政府が多くの国民の命が理不尽に隣国に奪われている事実を、しっかりと受け止めるくださることです。このように長い期間国民が捨て置かれていることに、政府が「これは大変だ。助けなくてはならない」って真剣に思ってくださることが重要です。国民の方々の中にも「なんとしてでも助けたい」という思いの方が多くいればいるほど解決も早まると思いますし、政府の新たな対処の仕方も見つかると思います。やはり政治のトップにいらっしゃる方々が、大きくしっかりとした気持ちで動いて下さることしか、解決への糸口はないと思います。
◆ 家族会が出来てから何が変わりましたか?
滋: めぐみが拉致されたことが明らかになった直後に、家族会は結成されましたので、それ以前のことは我々としては分かりません。有本さんを始めとするご家族にお聞ききした話では、「単独で行動している時は、外務省に行っても担当者しか会ってくれないという時代が続いた」といいます。でも、家族会ができたことによって、相手方(政府)の対応が違ってきたと思います。今では、家族会が外務省に行けば、大臣にも会えるようになってきました。これは大きな違いだと思います。
早紀江: そうですね、やはりひとりで悩んでいた時といは違います。めぐみはいなくなってから19年間というもの、まったく状況が分からない。私達は、いなくなった娘について、なにも分からないで暮らしてきました。他のご家族の方たちも同様だと思いますが、みんなで一緒になったことで、今まで分からなかった"何か"が北朝鮮だということが分かったのです。"絶対これは間違いない"と確信し、ひとつの力になって団結しました。お互いに力強く支え合う気持ちと、"なんとかして解決しよう"という思いがひとつになったことは、非常に大きいと思っています。
◆ ここまで家族を支えてきた力は何だと思いますか?
滋: どこの親でも、子供がいなくなったら探すのは当り前のことです。特別なにかがあったから探すのではなくて、親として自然な事をしているだけです。
早紀江: それでもこんな苦しいことはありませんよ。何も分からない状態は、ものすごく生殺しのようで、それは苦しい時期がありました。わたしの場合は聖書に巡り会ったことが、大きな転換の機会になりました。聖書を読んで、ものごとの見方とか、自分自身の見つめ方とか、あらゆる事に対しての姿勢や見方が18
0度転換しました。子供がいなくなるという親にとってたいへんな状況のなかで落ち着いていられるのは、家族どうしの支えあいと聖書があったからだと思います。
◆ 双子の息子さん(拓也さん、哲也さん)におっしゃりたいことは?
滋: 息子たちは事件当時はまだ小さかったですし、一時は離れて住んでいたこともありましたので、なかなか協力できないこともありましたが、最近では母親の体を気遣い、集会などにも彼らが代わりに行ってくれるようにもなりました。先日もワシントンに行って、ボルトン次官はじめとするアメリカ政府の高官にお会いしたうえで、帰国後もしっかり訪米のことを皆さんに報告できるようになった。我々の頼りになる存在になってきてくれましたね。これからも引き続き家族会の一員として、拉致問題解決のために力を尽くして欲しいと思います。
早紀江: 拓也と哲也はめぐみがいなくなった後、とても大変な状況の中で育ってきました。小さい頃から一般の家庭とはちがって姉の安否をいつもとても心配し、辛い思いの中で育って来ました。そういう環境の中で、母親としては気を付けながら育ててきたつもりです。子供の頃から、間違ったことや卑怯なことをするな、嘘をつくなとキチッと教え、その教えだけは守れる大人になって欲しいと思ってきました。なので、その点では真面目な青年に育ってくれたなと思っています。これからも、そういったことを考えて生きていってくれると信じています。今までのように、清い気持ちを、心にずっと持っていて欲しい。そのことだけを願っています。
◆ 息子さんたちのお子さんが大きくなってきましたが、めぐみさんのことをどう伝えますか?
滋: 新聞、雑誌、映像・・。めぐみのことは色んな形で記録に残っていますから、それを見せれば理解してくれると思います。やっぱり"親は子供をどういう気持ちで育てているのか"ということを、伝えたいと思います。
早紀江: 私はありのままを、ありのままに話していきたいと思っているだけです。
◆ 最後に家族とはなんでしょう?
滋: 最小の、なんていうんですか、世界のようなものですか。ひとつの団結した国家に近いものでしょうか。ひとつの集合体といってもいいでしょうか。だからこそ誰が欠けても困る・・。世間に対して団結するもっとも基本の最初の社会・・。それが家族です。
早紀江: ジェンダーフリーとか色々な問題がありますが、この世には男性と女性しかいないです。その中で、それぞれの特徴があって、その特徴が結局ひとつの家族という固まりの中で活かされていく。そこで子供が生まれ、子供によって親の方も育ててもらう。家族とは、人間が成長するための一番大事な基本です。家族を元にして、その外でも色々な成長があるんですけど、家族は、やっぱり人間の成長するひとつの一番大事な礎だとわたしは思います。
「母から娘へ」横田早紀江
めぐみはほんとに朗らかな子だったし、明るくて、歌が好きで、いつでも大きな声で話す子。非常に伸び伸びと、自由に自然体で自然とも接することができる子・・。わたしが思っていたように育ってくれたなっていう矢先のできごとだったので、非常に残念で・・。取り返しの付かないことになったっていう悲しみをいっぱい持ってきました。だから、自分は13年間一生懸命、あの子のために一生懸命にできるだけのことはしてきたんだと自分に言い聞かせてきました。だけどやっぱり人間だから、わたしにも間違っていた部分があったんだろうかと随分悩みましたけれど・・。きっとあの子は、今でも、こんな状況の中でも、きっと周囲を明るくしてくれているだろうと思います。よほどのことがない限り、元気で歯を食いしばって、親たちに会えるまで、頑張ろうって、きっと思っているでしょう。元気で居てくれるだろうと信じています・・。あの子のことは、そういう風にしか想像できないんです。ほんとに元気でいて・・。もうちょっとだから頑張って生きていてね。そのことをめぐみには伝えたいです。
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