2003年10月26日号/10月31日号
 
第10回目のコラムは軍事ジャーナリスト・神浦元彰さん。「これから日本の安全保障政策は米ソ冷戦型から、中国や朝鮮半島を意識した新戦略の検討に入ります。また自衛隊や日米安保を毛嫌いして、軍事といえば何でも反対の時代も終わりました。」被害者救出を考える今、軍事の知識も重要でしょう。

   
神浦元彰 「イラク派遣を前に自衛隊員は苦しんでいる」
     
   

 ブッシュ大統領がイラク戦争を始めた時、小泉首相はいち早く支持を表明した。そうすることでブッシュ大統領が喜ぶと思ったからだ。イラクで大規模な戦闘が終わると、日本政府はイラクの復興支援法に着手し、自衛隊を派遣するイラク特措法を国会で成立させた。

 しかしイラク特措法には、自衛隊を送る場所は「戦闘が行われていない安全な地域に限定する」と明記してある。なぜなら戦闘地に自衛隊を派遣することは日本の憲法で禁じられているからだ。日本国憲法では国際紛争を解決する手段として戦争を行うことを禁じている。自衛隊はあくまで日本が侵略された場合のみ、日本本土や周辺の海域や空域で戦うのみである。

 だが02年、政府は自衛隊を国連PKO【編集部註*1】活動に参加することが決めた。これは紛争地で戦闘を行う任務ではないからだ。自衛隊は国連PKO活動で道路の修理や、病院や学校などの建設を行う。あくまで活動は非軍事に限られる。なぜ民間企業ではなく、自衛隊を派遣するかといえば、自衛隊は自己完結性(すべて自分で対応する能力)を持っているからだ。それに自己を防衛できる武装をしていることも自衛隊派遣の理由である。

 しかし今度のイラク派遣は、まさに憲法で禁じられた戦場に行くことになりそうだ。イラクの治安を回復させようとする米軍に、ゲリラ攻撃で死傷者が続出している。派遣をためらう日本政府に向かい、アミテージ国務副長官は、「逃げるな日本、アメリカ軍が困ったときに助けるのが真の日米軍事同盟だ」と叱った。そこで日本政府はイラクで自衛隊が活動できる安全な場所を探して何度も調査団を派遣した。

 なぜそれほど自衛隊は安全な場所にこだわるのか。日本の自衛隊も軍隊なら、命令で危険な場所に行くのは当然ではないかと思う人がいるだろう。しかし自衛隊は普通の国の軍隊と違うのである。自衛隊は平和憲法の精神から、武器の使用を厳しく制限されている。もし他国からの侵略でなければ、自衛隊の武器の使用は、警察官と同じ使用基準を守るように定められている。正当防衛と危険回避だけである。

 相手が銃を持っていても、自分に危険が及ぶまで使用できない。ガサガサと森の中で人影が動き、「出て来い、出て来い」と叫んでも出てこなければ、自衛隊員は撃つことはできない。通常の軍隊なら、ROE【編集部註*2】に従って射撃することが可能である。もし銃を撃って、誤って子供を射殺してもROEで許される。しかし自衛隊員は殺人罪で罰せられる。

 例えば、米軍の戦車兵がTVニュースのカメラマンを、対戦車ミサイルを構えているゲリラと誤認した。戦車の射手は対戦車ミサイルの攻撃を回避する為に、このTVカメラマンを戦車の機関銃で射殺した。いわゆる誤射である。事後の調査で、戦車兵がTVカメラマンを敵と誤認し、その攻撃を回避するためには銃撃しかなかったと判断すれば、ROE【編集部註*1】に照らしあわせて無罪となる。

 しかし自衛隊なら、そのような誤認をするような危険な場所に行ったことが悪く、射殺した自衛官は殺人罪で罰すことになる。イラクは戦闘状態にないとイラク特措法で定義しているからだ。そのように定義しないと、イラク特措法は憲法違反で作れなかった。その結果、自衛隊員はイラクに行くのに武器を封印していく。自衛隊員の中には片手を縛られて戦場に行くようだと話す者もいる。そのような大きな矛盾に自衛隊員は苦しんでいる。

 しかし日本の政治家は軍事知識の不足から、そのような矛盾に無関心である。アメリカが来いと言うから、早く自衛隊はイラクに行ったほうがいいと言う。アメリカから莫大な戦費負担を言われる前に、自衛隊をイラクに派遣したほうが安くつくと言う者もいる。

 これはアメリカがイラクの戦況予測を読み誤ったのがそもそもの原因である。ブッシュ政権はフセイン大統領を倒せば、アメリカ軍は解放軍としてイラク国民から熱狂的に歓迎されると予測した。しかし結果は逆で、イラク国民から反発の強い占領軍であった。

 日本にはブッシュ大統領のイラク戦争が間違った以上、新たに自衛隊の増派に応じる必要はないという意見が多い。もしイラクで自衛隊員が次々と死ねば、日米軍事同盟は危機的な状況を迎えるだろう。当然ながら、自衛隊をイラクに送った小泉政権は崩壊する。しかしアメリカは人<自衛隊派遣>とお金<復興支援金>の負担を、日本政府に強く要求している。その要求を拒否できるほど、小泉政権に対米の政治力はない。自衛隊員も苦しんでいる。

 日本では、イラクの安全が確立されれば、イラク復興のために自衛隊を派遣することを多くの国民は支持している。イラクに米軍占領軍の一部として、自衛隊を派遣するのではなく、イラク国民に要請されて援助に駆けつけるのである。

 私は泥沼だったベトナム戦争の知る世代として、アメリカは出来るだけ早く、イラク復興の主導権をイラク国民や国連に譲って、多くの米兵をイラクから撤退させることを提案する。

 このままでは再び、アメリカ兵の多くがイラクの泥沼で苦しむことになる。

     
     
   
   
神浦元彰
自衛隊少年工科学校で戦闘訓練を受けた経験があるだけに、単なる軍事オタクとは一線を画する知識を持つ軍事ジャーナリスト。若いころ、カンボジアやスペイン、アルジェリア、ゴラン高原など、紛争地域を旅行していて、「なぜ人類は戦争で殺し合うのか」と考え始めたことがきっかけで、本格的に軍事研究の道へ進んだ。現在、強い関心を示しているのが、日本の安全保障政策について。「これから日本の安全保障政策は米ソ冷戦型から、中国や朝鮮半島を意識した新戦略の検討に入ります。日本の国際環境を考え、周辺諸国とともに平和と繁栄を築くための安全保障政策です。アメリカの言いなりになっていれば、日本の繁栄と平和が保たれた時代は終わったのです。また自衛隊や日米安保を毛嫌いして、軍事といえば何でも反対の時代も終わりました。」とはいえ、家庭にあっては、家事・育児にも熱心な、よきパパでもある。著書に『裸の自衛隊』(宝島文庫社)『北朝鮮最後の謀略』(二見書房)『北朝鮮「最終戦争」』(二見文庫)など。
     
     
     
   
   

 

 

     
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